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グレーゾーン金利見直しか?・後編
今回は前回の続き。消費者金融の暴挙を許してきた悪法がようやく見直されるようになりそう、というニュース。前回は法律の概要と法改正がようやく行われるようになってきたところまで述べた。詳しくはこちら→「グレーゾーン金利見直しか?・前編

規制の見直しについて、当然ながら貸金業者は反対していた。その理由として彼らが挙げていたのは「債務者がヤミ金に走ることの防止」。つまり、制限されている金利よりは高いとしてもヤミ金融よりはマシで、自分たちがいるから貧しい人間はヤミ金に頼らずに済んでいるという理屈である。はっきり言って、こんな理屈は笑止千万である。それが登録された業者であろうともヤミ金であろうとも、債務者へ多大な利息を要求するもので、その生活を容易に破綻させうるという点では変わりないためである。取立ての方法もしばしば話題になるようにヤミ金を扱う暴力団のそれと何ら変わることはない。アイドルなどを起用して安心なイメージを作り上げているだけに、よほどタチが悪いとも言えよう。
貸金業者がこのようなことを主張するのならば理解もできるが、金融庁や一部の政治家までがこれに同調していることについては驚きを通り越して呆れ返ってしまうばかりである。一般の銀行等で金を借りられない人間に対してそれが可能になるシステムが必要であるとは言え、それが必ずしも消費者金融である必要はあるまい。もちろん大きなリスクを背負わざるを得ないためにそれを民間で行うことは困難である。それをやろうとすれば、既存の消費者金融のようにハイリターンを求めるものにならざるを得ないだろう。しかし、そんなことをわざわざ民間で行う必要はない。これこそは民間では成り立たないサービスであって公的なサービスで賄うべき部分である。そして、そういったものを作り出すことがそもそもの行政、政治の役割ではないのか。
このような常識を疑う拝金主義の連中が原因であるのか、議論は貸金業者に有利な方向へ一時は流されていた場面もあった。そこで挙げられていた案は現状のグレーゾーン金利を見直すものではあるが、小額融資については依然利息制限法を越える25.5%の金利を二年間は認めるという妥協の産物。(ちなみに、それが新聞の見出しに出ていた「特例金利」)このニュースを聞いたときにはまたいつもの骨抜きかと落胆せざるを得なかったものである。しかし、今回は議論の方向が180度変化し、これまでの議論にあった特例金利は撤回される方針が固まった。これ以外にも、借り手が自殺した際に貸金業者が保険金を受け取って貸出金を回収する保障契約が禁じられたのだという。(こんなものが禁じられていなかったことがまず驚きなんであるが)

この変化について、記事は世論の高まりを指摘する。それが実際に高まっていたかどうかは疑問であるが、政治家が国民に歩み寄らなければならない一面はあったように思われる。というのも、今回このような方針を決めたということは金融庁の意向に反する行為であるためである。金融庁はサラ金業者とよほど仲が良いのか、法律改正は必要としつつもグレーゾーン金利を維持しようとしていた張本人。政治家にもいわゆる族議員というそれらと仲良しの連中がおり、いつもならばこれに政府も癒着というのがお決まりのパターンであった。けれども、今回政府はどういうわけか国民側の立場へと翻ることになった。
もっとも可能性として高いと考えられるのは、選挙対策だろう。前回衆院選の大勝で揺り戻しが起こりやすいにもかかわらず勝って当然という雰囲気で、負ければ新政権にケチガつくという悪状況。それを前にして世論に反することは難しいという算段があったのだろう。彼らは少なくとも現時点では金融庁ではなくて国民を選んだのだった。結局のところ、政治家にとって選挙とは死活問題であり、逆に言えばそれを餌にして国民は彼らを操ることができる。これによって最大多数の国民の望むことを政治家に実現させていくことがそもそもの民主主義という奴である。しょせん政治家のやることは国民の関心のあることであり、政治家が愚かなことをやるのは国民の多数が愚かなのかそもそも関心がないのかのいずれかである。国民が正しいものを望んでさえいれば、政治家はそれを実行せざるを得ない。国民がそうでないとすれば、政治家のそれもそうではなくなるということである。

この辺は言い出すときりがないので、これくらいにしておこう。しかし、原因は何にせよ今回の決定は非常に大きなものであり、その功績はもっと称えられて良い。ようやく公然と活動していた悪徳金融業者に一定の規制を加えることができるようになったのである。しかも相手はチンケな悪党などではない。テレビであれだけのCMを流すことができることから容易に理解できるように、貸金業の連中は高額納税者ランキングに名を連ねるほどの大規模企業である(ちなみにアイフル社長は2005年総合ランキングで8位)。この勢いで、今度は貸し金業と双璧を成す悪徳ぶりで、ギャンブル禁止のこの国家でどういうわけか広がっているパチンコ産業にメスを入れていただきたいものである。


もう一つ余談、というかこれを書くためにこれまで書いているはずだったのだが、今回の一件について、持論を主張するがために職を辞した一人の男の存在を忘れてはならない。その名は後藤田正純。辞職した時期と秋篠宮家の男子ご誕生ニュースが重なったおかげで、おそらくよほどしっかりニュースをチェックしている方以外はニュースはおろか名前すら聞いたこともないかと思われる。先述のように業界団体は反対していたが、最高裁判決や有識者による懇談会という後押しもあってグレーゾーン撤廃の方向へと流れつつあった。しかし、それらの結果として提出されたはずの金融庁による改革案は業界の意向を汲んだ妥協の産物。これに対して、彼は「懇談会の結論と異なり、承服できない」として抗議の意味を込めて政務次官の職を辞した。
上にも述べたが皇太子誕生のニュースにかき消されていたこともあり、自分としてはそれほど肌で感じることはなかったのだが、社説など地味なところで取り上げられるなどと多少ながら影響を与えていたらしい。(“辞職”が変えた政策決定過程)いささか感情的かとは思うが、彼の辞職というインパクトが今回の変化に影響を与えたのかもしれない。この政治家はこれまでまったく知らなかったので評価のしようはないけれども、相手が現代日本の巨悪であることは明白であり、その相手に一矢を報いたということは惜しみない賞賛を送りたいものである。

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☆本日のコピペのコピペ☆
高額納税者ランキング2005・俳優/タレント部門

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9 田中裕二(爆笑問題) 10176 (-)
10 木村 拓哉(SMAP)  9803 (9)


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グレーゾーン金利見直しか?・前編
昨日の朝刊を見ていると一面で「特例金利導入を撤回」という記事が載せられていた。いわゆるグレーゾーン金利を見直す方針が固まったということである。消費者金融の拡大ぶりにはいい加減頭に来ていたところであり、今回のこのニュースはなかなか喜ばしいものであった。この辺についての基礎知識が不可欠であるかと思われるので、まず不得手ながらその解説を試みたい。資料を確認しつつ書いているのでやや怪しい部分もあることをお断りしておく。

まず、貸し金に関しては二種類の法律がある。それは利息制限法と出資法である。前者の利息制限法はその名の通り、金を貸す際の利息を制限している。元本が10万未満の場合は年20%、10万以上100万未満では年18%、100万以上は年15%とそれぞれ定めており、それ以上の超過部分については無効であると定めている。要するに、「ここまでならセーフ」という基準を示している。一方の出資法は「ここからはアウト」という基準を示すものである。出資法は一定の基準を超えた場合の罰則規定を定めている。その基準とは年29.2%を越える割合による利息契約をした場合であり、そうなると「5年以下の懲役若しくは1000万以下の罰金」に処されることになる。{ちなみにこの金利を超えて貸し出しを行う業者がいわゆるヤミ金というヤツである。}
話はもう少し複雑である。この二種類だけであれば、利息制限法を越える利息は支払う必要がないことが分かるだろう。というのも、利息制限法には「定める金利以上の利息は無効である」と記載されているためである。29.2%以上は出資法に引っかかるため当然として、それ以下の数字でも20%以上の金利は認められないはずである。しかし、ここにはもうひとつの法律が存在している。それは貸金業規正法。この法は利息制限法に定める上限金利を超えていても、一定の条件を備える場合はその契約を有効であると定めるというもの。その条件は省略するが、その条件を満たして利息を支払った場合、利息制限法に定める超過部分も返還は請求できない。つまるところ、利息制限法を越える金利で金を貸すことを認めるということである。

このようなカラクリによって、現実的には利息制限法以上、出資法での罰則規定のある年29.2%未満の金利というものがまかり通っている。これこそがいわゆるグレーゾーン金利である。アコムだのアイフルだの武富士だのプロミスだの、消費者金融いわゆるサラ金は基本的にこの金利で金貸しを行っている。これらサラ金のCMはいい加減にくだらない上に多すぎて嫌になるものであるが、今度ごらんになられるときは我慢して表示される数字をよく確認いただきたい。その数字は29.18%というように違法にならないギリギリの数字となっているはずである。

どんな人間が考えてもこの状況には違和感を持つことだろう。ある法律では明確に禁止されているにもかかわらず、網の目をくぐるかのような解釈が存在してそれが許されているわけである。これについてはさすがに数多くの被害者も出ていることから消費者団体や政治家有志が以前より問題視しており、今年辺りからようやく本格的にこれらの現状を改正するべく議論が行われていたのであった。

ということで、どういうわけかニュースの内容にまでたどり着かぬまま続く。最後まで書けなかったのはおそらく日本シリーズのせいです。新庄って奴は本当にスゴいですな。まさか引退の年で日本一になってしまうとは。今後の動向にも注目していきたいところであります。

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834 :名無しさん :2006/07/07(金) 01:50:31
女「どうしたの深刻そうな顔して」
男「ちょっと悩んでんだ、ほっといてくれよ」
女「ふーん、話変わるけどさぁ、髪薄くなった?」
男「話変わってねーよ」
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貧困の直し方。 グラミン銀行のユヌス氏、ノーベル平和賞受賞
バングラディシュの経済学者ムハマド・ユヌス氏がノーベル平和賞に輝いたそうだ。「<ノーベル平和賞>バングラデシュのグラミン銀行と総裁に」(Yahooニュース)ダイナマイト親父大賞をことさらに権威として持ち上げるわけではないが、それが基本的に世界的に優れた人間に与えられるものであることは間違いなかろう。今回の受賞は彼の創始したグラミン銀行の功績に対して。この銀行は普通の銀行ではない。貧しい女性たちに担保なしに金を貸すことで、彼女たちを自立させることを目的とした銀行である。

そのきっかけとなったのはある女性との出会いだという。その女性は高利貸しに金を借りなければ生活ができず、借りたら借りたで返済のために儲けが減って、さらに借りなければならないという悪循環に陥っていた。そこで彼はその女性に高利貸しに頼らないでも生活できるだけの額を貸し出した。それは寄付ではなくて、ローンとしてである。その結果、彼女の生業の利益は2セントから1ドル25セントへと跳ね上がった。わずかな融資で彼女は貧困の悪循環から抜け出し、人並みの生活が可能になったのである。
この経験から彼は同様のことを他の人間にも行うようになった。ただし個人として行うには限界がある。さらに既存の銀行は担保を持たない人々への融資に積極的ではない。こうして、貧しい女性に無担保融資を行う銀行を創設することを決意するのである。

銀行の概要を簡単に説明しておこう。まず借り手は5人程度のグループを作る。これは相互にメンバーの借金に責任を持たせるためである。江戸時代に農民統制の手段として用いられていた五人組制度を想像すると理解しやすいだろう。そして借り手は融資の規則や銀行の考え方などの教育を受ける。その上で試験をパスすれば融資を受けられる。融資は無担保であるが、当然ながら返済する必要がある。とは言え、返済率は何と98パーセントにも上るのだという。


このシステムの画期的な点は、貧しい人々の生活を助けるのみにとどまらず、それらの人々が自立することを促す点にあるかと思う。単なる経済援助であれば世界中で山のように行われている。しかし、その多くはそれに甘えて働くことに意欲を失う人間を増やすばかりである。(そもそもそのような国の場合は末端まで援助が行き渡っているかすら怪しいのだが)かといって、ユヌス氏の出会った女性のように、貧しい人間が援助なしに悪循環から改善することは難しい。よって、貧しい人々の生活を改善していくためには一時的な経済援助と、それに頼らずに済むように彼らを教育し、労働意欲を高めていくことの両輪が必要となる。それがまさにピタリと当てはまったのが彼の作ったグラミン銀行であったのではないか。

このシステムは現在では世界60カ国以上で利用されて、利用世帯数は4000万人という規模にまで発展している。そして、その功績が称えられてユヌス氏は今年のノーベル平和賞に輝いた。その存在を経済の世界だけでなくより広く社会一般に知らしめたという点で意義あるものであったと言えよう。わたしもこの賞を受賞したということで彼の存在を知ったのであった。ただ個人的に惜しかったのは、受賞が「経済学賞」ではなかったという点である。試験の勉強のために多少かじった程度であるが、経済学というものは世界の大部分の人間にとっての経済とは大きくかけ離れたものになってしまっているように思える。(ミクロ・マクロのマクロの意味ではなく)巨視的な視点も必要なのだろうが、結局のところ個々の人間からこの世界は成っている。となれば学者はこのような問題にこそ積極的に取り組んで然るべきであり、またそのような者こそが経済学者としての権威を与えられるべきなのではないだろうか。


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343 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/10/19(木) 22:39:03.26 ID:oD72Bkx00

中1の時、学年中の靴箱の「田中」を「油虫」にして校長室に呼ばれた

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ドミノな心。
前回、わたしはすばらしい不動産屋さんとの出会い、それにたいそう感動したことについて述べた。状況は異なるにせよ、誰かのちょっとした行動を嬉しく思ったという経験は誰でもあるであろう。「知らない土地で道を聞いたら親切に教えてくれた」であったり、「狭い道を自転車で走っていたら対向車が率先して避けてくれた」であったり。このようなことをしてもらうと、人間誰しもうれしいものである。そして、その人間に対して、さらにはその人間の属するカテゴリーをも含めて評価を改めることにもなる。たとえば、「今どきの女子高生も捨てたもんじゃない」などといった調子である。
ちょっとしたことであれ、何か有益なことをしてくれれば人間は嬉しく思い、かつそれはその人間への評価につながる。これは、その逆もまた然り。失礼で心無い対応をされれば誰しも頭に来るのもまた事実である。そして同じようにその人間のみならず、そのカテゴリー全体にまで否定的な感情を抱くようになる。たとえばある人間が女子高生に道を聞いたとき、まったく相手にされないということが起これば、その人間における女子高生イメージは地に落ちるだろう。
このようにそれがたとえ些細なことであれ、一人の人間の行動は一人の人間の感情を変化させうる。その一人の人間の感情の変化は、その人間も含めてその周囲の人間の感情および行動を変化させうる。こうして、一人の行動はその周囲の人間に伝播し、同じように無限に連鎖していく。

これは言わば、ドミノのようなものである。ひとたび何かの感情を抱けば、その感情は周囲へと広がっていく。失礼な態度を取られたらそれへの不快な感情がその人間を支配し、その人間の行為をも失礼にする。そして、今度は周囲の人間がそれに対して不快な感情を示すようになる。これをネガティブドミノと呼んでおこう。機嫌が悪い人間と話していて、自分まで機嫌が悪くなることは少なくないだろう。しかし、それはそこで完結しているわけではない。その人間から受けた不快な感情はあなたにも伝播し、かつ知らず知らずのうちに発信者にもなりうる。一人の人間を発信源として、受信者から発信者へと延々とネガティブドミノは続いていくのである。もちろん、それがすべて他の誰かへと転嫁されるわけではない。スポーツなり趣味なりで解消されることはあるだろう。ただし、処理せねばならないものを抱えるという点で、それは百害あって一利なしである。

感情というのは悪い方ばかりではない。不快な感情があれば、快い、嬉しい楽しいといった感情も存在する。そして、それもまた同様に伝播しうる。これをポジティブドミノとでも呼ぼう。この作用こそはわたしのもっとも言わんとするところである。つまり、不快な感情が伝播させるのではなく、嬉しい楽しい感情を広げていこうという意志を持とうではないかということである。
楽しそうにしている人間と話していれば聞いている側も楽しくなることがある。また、誰かに何かをしてもらって嬉しいという感情を持てば、自分でも誰かに何かいいことでもしてやろうと思うだろう。それが直接的に行動に移らずとも、周りのちょっとした面倒事に対する耐性が生まれるということもある。前者の場合はポジティブドミノをさらに周囲へと広げることとなる。一方、後者はネガティブドミノに歯止めをかけることができる。

わざわざ不快な気分になりたいと思う人間はいないであろう。となれば、その有効な対策は今回述べたドミノ構造を意識することである。そして、ネガティブとポジティブ、いずれにしても自分の感情が周囲に伝播することを理解し、後者の方を広げていくよう努めることである。

それについて、もう二点ほど付け加えておきたい。一つは、何か親切な行為をして喜ぶのは受け手側だけでなく、行動する側にとっても満足感を得られるという点。誰かに何かを求められたときに役に立つことができれば、それがちょっとした面倒なことであったとしても嬉しいものである。かつ、感謝でもされようものなら、それに対する労力など一気に消し飛んでしまう。たとえば、老人の方が誰かに席を譲ってもらえば当然に嬉しかろう。その場合に譲った側は不幸になるかと言えば、そんなことはなかろう。同時に譲った側も足腰の弱い老人に良いことをしたと大いに満足することだろう。つまり、そこにはWin-Winの関係が成り立ちうるということである。いいことをすると気分がいいというが、まさにその通りである。それは他人の幸せになるばかりでなく、自分にとっての幸せにもなりうるのである。
もちろん、何でもかんでもやればいいというわけではない。親切のお仕着せはもっとも忌むべきものである。過ぎたるは及ばざるが如し。ここでは多くを述べないが、それは他人のためという装いをした、他でもない自分のための、自分をいい人に見せかけるがための親切である場合が多い。それは所詮ハリボテであり、底は浅い。これについてはまたいずれ述べることになろう。

もう一つは、ポジティブな勘定を引き起こすために、何もたいそうなことをする必要はないという点。相手側が嬉しいと思うような行動は、行動する側にとってはまったくたいしたことではない場合も多い。たとえば、この世に生を受けて二十年もすれば、道を聞いた経験も教えた経験もあるだろう。道を教えるなどということに、それほどの労力は必要とされない。それに対して、親切に道を教えてもらったときの感動はその比ではないだろう。その効果は仕手と受け手の間を通る瞬間に一気に増幅される。そしてドミノ構造によってさらに伝播していくのである。
もっとも、この反対のことも当然ながら起こりうる。適当にあしらったことへの当事者の意識と、あしらわれたことに対する受け手の怒りは比べものにならない。そして、これまで述べたように、その怒りはその人間の周囲でネガティブドミノを起こす。この部分をまとめるならば、ちょっとした行動でも周囲に影響を及ぼしうるということであり、一つ一つの行動を熟慮するべきである、となろう。


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26 名前: 航海王子 ◆U6/faU4Zww 投稿日:2006/05/21(日) 10:39:55 ID:BfLhm42O0
俺が新入社員の頃の話だが
書類を入れた封筒を取引先に届ける時
上司に「封筒に”おんちゅう”って書いとけよ」っていわれたので
筆ペンで”WANT YOU”って丁寧に書いて郵送した
後日、上司に鎖骨の辺りをグーで殴られた
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人と人とで人となる。
今回は前々回の続き。前回分はこっちを貼り付けるべきだったのだが間違っておりました。

いくつかの不動産屋とメールのやり取りをした後に借りる物件を決めたことは前に述べた。それについて感じたことを今回は述べたい。まず感じたのは、人間の対応の仕方はさまざまであること。一社だけとやり取りするのならば、それが「不動産屋の当たり前」と考えていたのかもしれないが、いくつもの不動産屋とやり取りしているとその人間が見えてきて面白かったのである。こちらからのメールの内容は初期費用や即日入居可能かどうかなどの質問でほぼ共通したもの。しかし、それに対する返信は一様ではない。わざわざ回答しやすいように箇条書きにしているのに、フォーマットを無視してダラダラ書いてくる方。見積もりを出してくれと言っているのに単に「約○万円」などという返事をよこす誠実に答える気がない方。そもそも返事をよこさない方。ここは数日後電話をしたが、その対応も憮然としたものであった。もちろんそんな人間ばかりではない。ちゃんとフォーマット通りの返答をしてくれた方もいれば、エクセルで詳細な見積もりを出してくれたところもあった。ただし、わたしの感覚で対応を評価できると感じられたのはそのうちの2人でしかなかった。
3社の文句をあれこれ言うことは生産的でなかろうから、残りの2社の対応について述べよう。この2社の対応はすばらしいものであった。迅速かつ丁寧な応対で、物件はそれほどでもないにせよ非常に好感を持った。特にその片方の人のサービス精神には敬服させられた。不動産業界というとお堅い印象を受けるかと思うが、その常識をあざ笑うかのような顔文字を散りばめた文章。エクセルでの見積もり書にはなぜかわざわざ顔が書かれたかわいらしいリンゴマーク。こう書くとただの公私混同のイタい人でしかないが、内容がしっかりしているので不思議と馬鹿っぽくない。最初はさすがに面食らったが、やり取りをするうちに他社の無味乾燥で要領を得ない返答に比べればよほどすばらしいと考えるようになった。そして、顔文字の効果も手伝ってか妙にその方自身に対して親近感を感じられるようにもなった。
何より感激したのは、その方が検討していた物件の写真を送ってくれたことである。これは何もわたしが請求したわけではなく、その方が自らの判断で送ってくださったものだ。物件を見つけてから後日引越しすることが不可能で、契約してから即日入居しなくてはならなかったということは前に述べたかと思う。当日まで実際の物件を見ることのできないわたしの助けとなるよう、その方は写真を送ってくださったのである。その客を思いやることのできる精神にはたいそう感銘を受け、ずいぶんと飛躍して日本もまだまだ捨てたものじゃないとまで感じることができた。もちろん他社でそのようなことをしてくれたところは1社もない。もう1社の方も上記の方には及ばずながら、過不足なく質問したことにきちんと答えてくれる堅実な受け答えには好感を持った。

こうした評価は物件を決める前の段階のものであったのだが、その評価を決定的にしたのは物件を決めた後に送ったメールであった。突然押しかけて色々と面倒をかけたということもあり、以下のような簡単な謝辞のメールを契約しなかった4社に送信した。

「先日はお世話になりました、○○です。 いろいろと考えた結果、本日他の物件と 契約いたしました。ご期待に沿えず申し訳ありません。 今後またお世話になることもあるかと思いますので、その際にはよろしくお願いいたします。 ありがとうございました。」

この返事が返ってきたのは、上記の二人だけ。それ以外は何の返答もなし。その内容も新しい土地で生活を始めるわたしを励ましてくれるという心温まるものであった。穿った見方をすれば、それはお決まりの定型文を貼り付けただけなのかもしれない。しかし、そうであるとしてもその価値は揺るがない。これはそれまでのメールについても同様である。返信すらしない人間、まともな内容も書けない人間がいる中で、たとえ形だけであったとしても送り返してくれるということはそれだけで評価できることである。極論を言えば、「おはよう」も「ありがとう」もその言葉自体の中にそれを発信する人間固有の意思を含まないという点では、コピペと何ら変わるところはない。にもかかわらず、人はそれを喜んでしまうのだ。たとえば朝の出会い頭に「おはよう」と言われたときに、そんなものに話し手の意思が含まれていないと腹を立てる者はおるまい。元気があったりなかったりと人それぞれで異なっているが、言われればどこか安心するしうれしいものである。そういうことなのである。

大学事務職員も基本的にはサービス業である。というよりも、人が社会に出て誰かしらの役に立つということは結局のところ人と接するということであり、その相互の関係を円滑にするためにはどこかしらにサービスの様相を持つ必要があるということであるかと思う。つまるところ、どんな業種であったとしてもサービス精神というものは不可欠なのだ。業種によってはそれを実感できないところもあろう。わたしとしても現在の仕事は直接人と接することは少ない。しかし、業務の途中ではメールや電話などによって人間と接さざるを得ない場面は往々にして存在している。そういった際には、この素晴らしい不動産屋さんを思い出して、きめ細かくかつ親しみやすいサービスを心掛けたいと思う。

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俺、小6だけど中3の奴泣かしたことあるぜ

1 名前:番組の途中ですが名無しです[] 投稿日:2006/07/18(火) 12:57:39 ID:c/Q1bnU60 ?#
てめーら俺が小学生だからってナメてると泣かすぞコラ?

25 名前:番組の途中ですが名無しです[] 投稿日:2006/07/18(火) 13:07:26 ID:Uba2BM3y0
>>1
お前ここの連中にそんなこと言っていいのか?
ここの連中は30超えてるのに母ちゃん泣かしてんだぞ
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あっと言う間の一週間
人生初めての仕事に感動しているヒマもなく、あっという間に一週間が終わった。さすがに慣れない環境は疲れる。事務系の作業などはこれまで一度も体験したことがなく、コピーやら電話の応対やら、基本的なことも満足にできないのでそれらをOJTでいちいち学ぶ。さらに10月から文科省の研究費応募の手続きで急激に忙しくなる部署に配属されて、しかもあろうことかそれを仕切っていた担当者の後任を任されているという状況。重複したり足りなかったりとお世辞にも整理整頓されているとは言いがたい前任者の残した膨大な資料と格闘している毎日。定時に帰るなど夢のまた夢の一週間であった。
唯一恵まれていると実感できるのは職場の方々。学校などでの友人は母数が多いので選択が可能であるが、職場となるとそうは行かない。相対的に少人数であり、かつ密接に関わる必要があるため、自分の好む人間ばかりと付き合えるわけではない。結果、人間関係がうまくいかない可能性は飛躍的に上昇する。わたし自身、どうしても好きになれない人間というのは職場の人間ばかりであった。それだけに新たな職場での上司には危惧があったのだが、幸いなことにそれは杞憂に終わった。係長は見るからに人の良さそうな風貌で、偉ぶったところもないのでためらわずに何でも話しかけることができる。同じ係に属する二人の上司もタイプはアウトドア系、インドア系(あくまで印象であるが)と違えど、どちらも仕事を始めれば頼りになるし、かつ社交的なので空いた時間も退屈しない。いつも偉そうな先生や何かと面倒事を持ってくる他の部署の職員などを肴にして、皆で悪態をつきながら楽しく仕事をやっている。
こういった望ましい上司たちに囲まれつつも、新入社員としての筋は一応通している。朝は一番早く来て各自のゴミを回収したり、コピー用紙を補充したり。それぞれの机を拭くまでの余裕はないが、週明けくらいにはやっても良いかと考えている。大学近辺に住居を構えたおかげで、それほどの早起きが必要なわけではない。8時に出たら8時5分には着いて、余裕のナンバーワンである。この仕事がなければもう少し遅くまで寝ていられるのであるが、それはまだまだ難しそうである。これまでのこれら新入り仕事担当の方は30歳オーバー。若いと言われている人がそれくらいで、自分などはまだまだベイビーである。初日には色々な部署を回ったけれども、実際に高齢化は進んでいる。かつ、新規採用はこれから削減されていく一方。上の世代が退職していただかなければ、枠は広がりそうにもない。わたしはいつまで弁当の注文を取り続けることになるのだろう。まぁ、別にたいした手間ではないのだが。

最近はこんな調子であろうか。新生活もようやく板に付いてきた。部屋もそれなりに片付いてきている。これまでのわたしの部屋をご存知の方からすれば、驚くばかりであろう「普通の部屋」になっていると自負している。汚いとの宣告のたびにわたしの繰り返してきた「モノが多すぎて部屋が狭すぎるだけだ」という意見が証明されたわけである。とは言え、かなり厳選して荷物を持ってきて、「やっと収まっている」レベルのため、今後は再び混沌としてきそうな気配ではある。いい加減に気に入った本は即買いという習慣も改めなければならないかもしれない。そして、たび重なる「うっかり」により引越し以来プラスチックゴミを出していないことも、やや気がかりではある。
今日はようやくインターネットも開通した。社会人らしく豪勢に光ファイバー。けれども回線調査の結果、同じ建物に同じところで契約している人が数人いるとのことで、多少安くなってほぼADSLの料金と変わらない。やはり速度はすばらしい。皆様方にもこの100メガショックを是非体験してみてほしいものである。一体これをご覧になる方で、どれほどの人間が「100メガショック!!」なんてキャッチコピーを覚えているのだろうかと思いつつ、今回は終わることにしよう。

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タイトルのどっかに お金で と入れると生臭い
2 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日: 2006/10/05(木) 02:59:31.07 ID:1KQ0/eCi0
お金でげんき百倍!アンパンマン!

29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/05(木) 03:07:24.83 ID:CXcucIZtO
ハウルのお金で動く城

99 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/05(木) 03:20:57.44 ID:L+8eSzlL0
お金で走れメロス
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