スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:-- | スポンサー広告 | Trackback(-) | Comment(-)
物欲万歳 ヘッドセット編
日本の電話は高すぎる。ということで、skype導入を検討している。もうご存知の方が多いだろうが、Skypeとはインターネットを介した電話サービス。Skype同士での会話であれば何時間話そうとも無料、さらに一般電話にまで格安料金でかけられるという優れもの、どこぞやのインチキ0円キャンペーンとは一線を画する。

そのSkypeのために、最近ネット上でずっと探しているものがあった。それはBluetooth搭載のヘッドセット。ヘッドセットとは音を聞くヘッドフォンと音を伝えるマイクが一体になったもので、Bluetoothとは無線技術の規格である。ヘッドセット自体は通話するために当然必要として、なぜBluetoothでなければならないかというと、単純な話コードが邪魔だからである。せっかく時間を気にすることなく喋ることができるのに、しかもヘッドセットということで両手は自由なのに、ずっとパソコンの目の前で座っていなければならないというのは滑稽ではないか。そもそも電話というのは無駄が多いのだ。耳と口だけしか使う必要はないのに、従来型の電話は受話器を持つ片手が必要、さらに家電話ならばコードのおかげで移動可能範囲まで狭まってしまう。電話をしているときに、いつのまにか目の前のメモ帳に妙な立方体の落書きをしていたことはないだろうか。ヘッドセットならば両手が自由になる。まったく持って無駄であった電話を支える片手が必要なくなるのである。そして、それに無線が加わったとき、利便性はさらに極まる。人類は両手を自由なままで、コードの長さに煩わされることもなく、離れた相手との会話することを手に入れることになるのだ。途中でトイレも行けるだろうし、掃除やら料理などをしながらの会話も可能、使用範囲が一気に広がるのである。

こういうわけで、Bluetooth搭載のヘッドセットを探していたのだった。まともそうなのはPlantronics, Jabra, Motorolaなどで、アメリカの企業が多い。たいていの民生電化製品は作っている日本メーカーが出てこないというのが面白い。やはり日本はBluetooth普及してねぇなと実感する。
この中でもっとも惚れ込んだのはPlantronics。メーカーHPによると、人類が初めて月面に着陸したときに、その第一声を伝えたのはこの社のヘッドセットなのだそうだ。それ以前にも同社はNASAの宇宙開発に携わっており、さらには航空業界などにおいても高いシェアを保っているとのこと。こんなことを言われては、買わないわけには参りません。何といっても宇宙である、NASAである。この文言を見た瞬間、このメーカーを買うことに決めた。他メーカーも悪くはないのだが、宇宙にはかなわない。ということで、Plantronics社の主流Bluetooth搭載ヘッドセットをまず紹介しよう。

Pulsar590
何ともオーソドックスな形状のヘッドセット。一番のメリットはステレオ再生が可能なこと。ただし世の中そううまい話もないようで、遅延(つまり音がズレる)が生じるようである。会話や音楽鑑賞ならば問題ないだろうが、映像を見るときには致命的。値段は高いが、Bluetoothを内蔵していないプレイヤー等への接続アダプタも付いてくる。だいたい17000円くらい。

Voyager510
片方の耳にくっつけるタイプ。複数の機器の自動切換えやノイズキャンセル機能など、基本性能については問題なし。人間工学に基づいているというスタイリッシュなデザインが良し。10000円くらい。

Discovery640
Voyager510よりもさらに尖がったデザインで、本体たったの9グラムという極小モデル。スパイ御用達のようなセット内容がすばらしい。単4乾電池で充電できるというのも良い。耳に引っ掛けるのではなくて耳の穴に突っ込むタイプなので、メガネっ子には便利かもしれない。ただ、なくしそう、かつ耳から落ちても気付かなそうだ。事実、気が付いたら無残にも踏み潰されたコレが横たわっていたなんてブログも発見した。13000円くらい。


最初はステレオ再生に惹かれてPulsarで考えていたのだが、調べていくうちに遅延の問題を知って一歩後退。さらにPCで利用するには別途で本体用のアダプタが必要で、かつBluetoothは相性の問題が起こりやすいということを聞いて二歩後退。さらに無線で繋がっている最中は片方の耳部分が青くピカピカ光るらしいことが分かり、「さようなら」となった。Discoveryは単純に「なくしそう」という理由で却下。Discoveryをdiscoverせにゃならんだなんて、洒落にもならん。となると残るはVoyager510のみ。海に落とす危険はなさそうだ。しかし、この機種もやはり別途PC用のアダプタが必要で、決断するには至らなかった。色々と見た中でようやく気付いたのだが、実はPC用のBluetoothというのはまだまだ発展途上のようなのである。現在市場に出回っているものの多くは携帯電話用や音楽プレイヤー用であり、上に挙げたものもすべて元々はそういった用途の代物である。PCに接続してskypeなどに使用するには別途アダプタを購入する必要があるのだ。もちろん、それぞれ揃えれば良い話なのだが、そこには相性の問題がある。

この辺りでずっと躊躇して購入できないという状況だったが、数日前にやっと自分の望む商品を発見することができた。その名は「Voyager 510-USB Bluetooth ヘッドセットシステム」。上述のVoyager510のマイナーチェンジ版で、USBアダプタを同梱して、かつVoIPへの最適化が施されたもの。VoIPとは、「インターネットやイントラネットなどのTCP/IPネットワークを使って音声データを送受信する技術。社内LANを使った内線電話や、インターネット電話などに応用されている。(IT用語辞典より)」ということだそうだ。要するにPC用途のために調整が為されたモデルであるようで、これこそは自分の求めるものと確信した。

が、まだ購入には至っていない。というのも、現時点で日本では発売していないためである。この商品を見つけたのはPlantronicsの本家サイト。アメリカでは6月くらいに発売されているのだが、日本のショップでは見当たらない。9月くらいのIT系ニュースサイトには日本でも近々発売されるとの情報があったのだが(日本プラントロニクス、VoIPに最適化した『Voyager 510-USB Bluetooth ヘッドセットシステム』を発売「ASCII24.com」)、それ以降の情報はさっぱり見つからない。ようやく輸入代行ショップで見つけたのだが、国内使用の場合は自己責任かつ保証対象外っぽいのでひるんでしまった。
どうしようもないので、日本のサイトのサポートデスクに問い合わせたところ、時期は11月半ばくらいになるという。また、予想通り保証対象外であるとのことだった。どうやら輸入されるその日まで、待つしかないようである。以下、転載。

・輸入品は付属するACアダプタは日本国内でもお客様の責任において
ご利用可能ですが、日本国内の認可(PSE等)を受けていないもの
となります。

・輸入品は英語マニュアルとなります。

・輸入品は日本国内ではメーカーの保証サービスを受けられません。

以上


といった一連の流れを書いていたことを、ようやく発売されるという情報をキャッチしてから思い出した。公式HPにも掲載され、ついにダイレクトショップでは取り扱いが始まった(→MyHeadset.jp)
。しかし、いまだ購入には至っていない。なぜなら高いから。テレビの通販では工場直送だから安い!なんてことが言われるが、ここに限らずなぜネットでのダイレクトショップはいつも量販店よりも高いのだろうか。輸入代行品がたしか16000円程度で、アメリカでは100ドルそこらで見つかる。イギリスでも60~70ポンド程度。にもかかわらずダイレクト価格、23100円。いろいろと検索で探してはいるが、どうも現在のところは他で扱っているところはないようである。そういうわけで、購入はもう少し先になりそうだ。

新しくランキング登録しました。こちらもよろしくお願いします。
人気blogランキングへ

☆本日のコピペのコピペ☆

314 :名無しさん@七周年:2006/11/17(金) 02:09:53 ID:+Sp5MeLR0
Yahooで「オーストリア大使館」で検索してみ。
そりゃ改名したくなるわな。

315 :名無しさん@七周年:2006/11/17(金) 02:24:24 ID:+rIA48kt0
>>314
これはひどいwwww




「オーストリア大使館」をYahoo!で検索してみると!!

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

本日もご覧いただきありがとうございます。
↓↓愛のワンクリック募集中であります↓↓
スポンサーサイト
大盛りの地方都市、東京。
東京に出張に行っていた。初めての出張、久しぶりの東京。ただ、久しぶりと言ってもイギリスに飛ぶために寄っただけであり、街を歩くのは初めてとほぼ変わりない。滞在は一泊二日で、特に観光することもなく(仕事だから当然か)目的地に行って用事を済ませ、メシを食べ、ホテルを見つけるといった程度ではあるが、そのときに感じたものを記しておきたい。

東京に行ってみて感じたこと。それは、たいしたことないな、ということ。自分の中には何かしら東京はすごいものというイメージがあったように思う。それはおそらくテレビなどを通じて報道されるイメージなのだろう。そういったものがあったのだが、実際に街を見てみるとそれほどたいしたものではなかったのだ。たしかに人は多い。たしかに駅は広い。たしかにビルは大きい。都庁などはたしかにロボットに変形してもおかしくない。
しかし、それだけなのだ。人は多いけれども一人一人は普通の人である。美男美女ばかりというわけではないし、服装も地方都市で見られるものと大差はない。むしろ奇人変人の類は遥かに多い気がした。駅も単に広いだけ。自動改札機くらいは地方にもある。ビルなどの建物もサイズ以外の魅力には欠ける。歴史的な街並みが残っているというのであればまた違った感情を抱くのだろうが、そんなものは見当たらなかった。先進的なデザインの建築もあるが、そんなものは地方に広がるハコモノ行政の所産で今や慣れてしまった。

総じて言うと、量的な変化は感じられこそすれ、質的な変化というものは感じることができなかった。いわばラーメン大盛りでしかなく、決してチャーシューメンではなかったということだ。それは地方都市をただ大きくしただけというイメージでしかなかった。

戦後の開発によってどこもかしこも似通った、小さな東京になったということが言われる。それは基本的に「地方の魅力の低下」という文脈で語られるものであるが、わたしとしてはまた別の意味があるように思われる。それは、それによってむしろ地方ではなく東京の価値が下落するのではないかということ。
東京がナンバーワンであることは揺るがないにせよ、地方でもある程度の便利さを達成されていれば、わざわざ東京に集まる必要は薄れる。これはたとえば電化製品にも言えることで、ある程度の便利さを備えていれば、わざわざ一番新しいもの、高いものを選ぶ必要はなくなる。来年にはWindowsの次世代OS、Vistaが発売されるというが、切実に買い換えたいなどという人間はいないだろう。というのも、大多数の方が使用しているXPはそれなりにまともに動くOSであるからだ。これがMeであれば、こうは思わなかったに違いない。同様に、最初は新しいものが求められるにせよ、その質が一定の基準にまで達すればそれは以前ほどの求心力を持たなくなる。買い物について言えば、企業の大規模化とそれによる全国展開により、たいていの有名店は地方にも存在する。また、存在しないものについてもネットショッピングなどを利用することで、容易に手に入れることもできる。このような状況においてはわざわざ東京に行く必要性はない。(無論、店側にはその危機感があって、どこそこ限定なんかをやっているのだが。)
さらに、東京の場合は人口の過剰集中により、必ずしも便利とも言えないようになっている。あの広い駅のどこが便利と言うのか。また、本数が多くても乗る電車はどれも人だらけ。店も多いが人だらけ。施設面での利便性という点では今も十分に勝ってはいるのだろうが、それは人口増加等の要因により相殺されているのが現状ではないか。

もちろん、最新のものに目がない人間は少なからず存在するのであり、かつそうした兆候に迅速に対応せざるを得ないビジネスの世界において、東京一極集中という状況がすぐに変わるということはないだろう。けれども、それ以外の者にとっては、東京の魅力が今後さらに薄れていくのは間違いないだろう。最近やや話題になっているようであるが、老後の地方回帰などということも当然の選択肢として生まれてくるのではなかろうか。少なくとも、わたしとしてはあんなところに何の魅力も感じないし、住みたいとも思わない。


新しくランキング登録しました。こちらもよろしくお願いします。
人気blogランキングへ

☆本日のコピペのコピペ☆
394 名前: おさかなくわえた名無しさん 投稿日: 2006/11/11(土) 22:28:32 ID:aTdU+hZP
今日マックにて。
大学生男二人の会話。

A「あれ、『まさき』ってさぁ、どういう字書くんだっけ?」
まさき「んぁ、俺ぇ?えっとね、田村正和の『正』に、樹木希林の『き』」
A「どの『き』だよ!ww」


マロンパイむせた

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

本日もご覧いただきありがとうございます。
↓↓愛のワンクリック募集中であります↓↓
大きく考え、小さく動く。
ご覧の通り、タイトルを変えました。職を得た今、「新卒フリーターの憂鬱」なんて辛気臭いタイトルをいつまでも掲げる必要はないというのが最大の理由である。新しいタイトルは「大きく考え、小さく動く~Think globally, act locally」。以前のブログをご覧になっていた方は頭の片隅に残っているかもしれない。以下、転載。

自分の好きな言葉に「Think globally, act locally」(1)というものがあります。「地球規模で考え、身近なところで行動せよ」とでもなるのでしょうか。たとえば世界平和なんて大きな目標を 持っていても、それを普通の人間がそのまま実現させることなど不可能です。目標は大きく持ちつつも、行動は身近なところから始めるべきであるということを この言葉は教えています。(親切についての考察from「溢れ出す!!!煮汁。」

まぁ何というか、リンクを貼るときに以前書いたものを読み返したが、以前に書いたものを読むのは恥ずかしい。その恥ずかしさが成長したという証なのだろうが。とりあえず言わんとすることは分かるかと思う。何らかの問題に対して、考えるという段階においては地球規模でそれを捉えることが大切だが、実際の行動については身近なところから行うべき、ということである。元々の言葉は小学校の調べ学習で使用した環境問題のパンフにあったものであり、環境問題をその対象としている。しかし、対象はそれだけにとどまらないとわたしは考えている。

たとえば平和というものについて。戦争ビジネスにどっぷり漬かった連中はさておき、普通の人間が平和を望まぬわけがない。幸運なことに、日本は長いあいだ平和が保たれている。しかし、世界に目をやれば戦争状態にある国もあれば、独裁政権に支配されている国もある。現在わたしたちがテレビを見たりしている間にも、それらの人々は苦しめられ死に追いやられている。となれば自分ばかりではなく平和というものがそれを望むすべての人間に行き渡るようにするためには、日本という狭い括りのみで考えるのではなく、世界規模で平和というものについて考えていく必要がある。つまり、「大きく考える」必要がある。

では、そのために何をするべきか。何が出来るのか。と考えてみると、大多数の人間は何も出来ないことに気付く。あなたはアメリカの暴走を止められるか、あなたは金正日政権を倒すことができるか。それは不可能である。それらがいかに世界の平和を乱していようとも、民衆がそれに対抗することはできない。一人一人の人間の持つ力はあまりに弱弱しい。大多数の人間にとって、「大きく動く」ことは不可能である。
「大きく動く」ように見せかけて、自己満足に浸ることは可能であり、その毒に負けている人間は少なくない。自らの身の丈も知らずに、大壇上から天下国家を論じるか空想的平和主義を唱えるか。その違いこそあれ一種のカラオケボックス、セルフバーニング。それが若い世代の気の迷いならばまだ理解できるのだが、大の大人がそんなことをやっているのだから恐れ入る。日本人の民度、ここにありと言ったところか。そこに大きく欠けているのは、現実に根ざしたビジョンである。双方お互いにあるべき理想をただ並べ連ねるのみ、それと比して現実を語るものだから現実は常に批判の対象となり、貧相になるばかりである。たとえばグラビアアイドルやら映画俳優やらの写真を持ってきて、そうなってくれと懇願したところで面食らうのが当然だろう。彼らの言動はそれがスウェーデンだったり戦前日本だったりということでしかない。


そんなものではなくて、わたしが提唱するのは「小さく動く」こと。わたしたちは、「小さく動く」権利については与えられている。それは選挙である。わたしたちは、その属する国の行く末を選択する機会を与えられている。選挙はその国の多数派が支持する政策、政党を選び、今後の国家の方針を定めるものである。一人に与えられるのはたったの一票であるが、それによって一人一人が自分の望むものを平等に主張することが可能となる。そして相対的多数の支持を受けた者たちが政府を形成し、国民の意向に沿って政府が「大きく動く」ことになる。国民の望んだものである。

そのメカニズムがうまく働いていないのは事実だが、それを政治家に帰属させるのは大きな間違いである。政治家は何もなしに政治家として存在できるわけではない。選挙における国民の信任を受けて初めて政治家となるのであり、いわば政治家は国民の民度の結果である。たとえば政治家をスパゲッティだとすると、それを作る料理人が国民ということである。国民の選択を媒介する形以外で政治家が生まれることは基本的にあり得ない。そう、それは勝手に乾麺が茹で上がらないようなものだ。そして、その出来が満足の行くものでないということは、結局料理人の腕の問題である。にもかかわらず、皿に盛り付けられた料理に対して延々と文句を並べ立てるという、まことに愚かなことが現実には起こっている。

また、「小さく動く」ということは、日々の生活の中で一人の人間としても行うことが可能である。平和というものは普段の生活と切っても切り離すことはできない。これについては以前にも述べている。一人の心の平和がその周囲の心の平和を生むということについては実感があるだろう。であるならば同様にして、それはさらに国家規模でも広まりうるものであるとわたしは信じる。日ごろの生活の何気ない気遣いが自分の心の平和となり、かつその周囲の平和となり、ひいては日本、さらには世界の平和になる。それが簡単に可能であるとは思わないが、それなくして平和などというのは絶対にあり得ない。

これらはいずれにしても「小さく動く」の名に恥じず、その影響は微々たるものである。しかし、世界はその微々たるもの、つまり一人一人の人間により構成されている。国家は個人の総体であり、その集合である世界もまた同様である。となれば、その微々たるものによってしか変化は起こりえないのではないか。その微々たるものの変化こそが軽薄なブームによるものではない、本質的な変化をもたらすことができるのではないか。このようにわたしは考えるのだ。


ずいぶんとまとまりのないゴタゴタを書き連ねてきたけれども、これがわたしのこのタイトルに込める意味である。遠くの理想を見据えつつも現実と目の前の生活からも目を背けずに生きること。わたしはこのスタイルを提唱する。そして、それがこのブログのテーマである。


さて、ずいぶんと間の空いた更新となった。いつもどおりのサボり癖が出てしまったようだ。ただ、忙しかったということもある。もう少しで仕事はひと段落して通常公務員レベルになりそうなので、今後はもう少しスピードアップができそうである。また、今後は今回のような長文でない時事ネタも盛り込んでいきたいと思う。ネタはいくらでも転がっているのだから、週に2,3回の更新を目標としたいものである。わざわざこの駄文をここまで読んでいただきありがとうございました。


ブログランキング登録しました。こちらもよろしくお願いします。
人気blogランキングへ

☆本日のコピペのコピペ☆
580 異邦人さん 2006/01/08(日) 00:44:07 ID:rRcXq5NN
アメリカ人に
日本人がとても好む食べ物だが
日本で一番危険な食べ物で
これを食べて毎年何人かが死んでる
って
餅を勧めたらびびってた

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

本日もご覧いただきありがとうございます。
↓↓愛のワンクリック募集中であります↓↓
Designed by aykm.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。