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平和に必要なもの何か ~ジョン・レノンとイマジン
オノ・ヨーコの言葉に唸らされる。

「禁煙の時代が来るなんて昔は信じられなかったけど、人々が訴えたから実現できた。世界の平和はすでに、私たちの心の中にある。創造しなければ、何も生まれない」

昼飯時に新聞を眺めていたら、「ジョン・レノンとイマジン」という記事。その記事は最近行われたオノ主催のイベントに触れ、そこにジョン・レノンを回顧するというものであった。イマジンというと、宗教や国家が存在しない理想の世界を想像(imagine)してごらん、なんていう有名なアレである。はっきり言って、この手のノリは好きではない。こんな言葉に酔っ払って現実から目をそらす連中が少なくないためである。現実的に考えて、ある国の平和が他の国の平和と結びつくわけではない。こんなことは隣三軒の国家を眺めてみれば嫌というほどに分かることではないか。お互い譲り合うのが最善だとしても、その好意を踏みにじって自国利益をさらに拡張しようとする国家は残念ながら存在している。にもかかわらず、この手の連中はこのような現実から目を背け、平和平和と唱えていればそれが実現すると思い込んでいる。それが他国から常に言いなりとなってきた戦後の日本の姿であるにもかかわらず。その元凶、かつ彼らの拠りどころとしてきたものがまさにこのイマジンに象徴される思想であり、それゆえにわたしはこの手のノリは嫌いだったのだ。

とはいえ、今回の記事を眺めていると、一人ひとりがそのように考えることで世の中が変わりうるという可能性を期待させられたのも事実だ。冒頭に挙げた、オノのタバコの例はなかなか良いものと思われる。漫画の世界じゃあるまいし、この世に悪の看板を掲げた悪があるわけではない。それが誰かの利益になっているからこそ多数の人間にとって害のあるものも存在している。戦争については、それが起こる原因に軍需産業という業界が存在している点が指摘される。そして、軍需産業とは比較にならないだろうが、タバコもそれなりに大きな産業となっている。となればその産業に都合の悪い禁煙の推進に対して、政治家や企業は及び腰になるのが普通だろう。けれども、タバコについては健康への害という点から類まれなる世論の盛り上がりがあった。そして、その盛り上がりがタバコ産業との癒着を断ち切ったとしても余りあるほどに評価されると政治家らに思わせるに至り、現在の世界的な禁煙の広まりという現象がある。最後の点が特に重要である。政治家も企業も、それら産業と一蓮托生というわけではなく、よりメリットの多い方を選択する。かつ、その選択を決定付けるのは選挙においては一票を投じ、日常生活においては絶えず商品を購入するわれわれ国民である。この意味において、一人ひとりの行動によってでも、世の中は変わりうるというのは間違いでない。その一つ一つの力は弱くとも、束となって強固な世論を形成すれば、政府や大企業であっても太刀打ちはできないのである。

ただし、あくまでわたしは主張する。それは、単に想像するだけでは十分でないということだ。想像することで一体何が変わるというのだろう。それが社会を変えるだけの力を生むとは到底思えない。かといって、何らかの組織に属して活動を行うことを主張するわけではない。何の力も持たぬ小者がどれだけ動こうとも、それは所詮自己満足にしかならない。それではやはり世の中を変える力にはなり得ない。これは当ブログで何度も繰り返している点である。
わたしが主張するのは、現実についてよく学び、そして考え、その後で身近なところから身の丈にあった行動していくことだ。まず、行動する前によく学び、考えるということ。考えてばかりいるよりも行動するべき、などという馬鹿な風潮が蔓延している。当の本人からすれば何かやった気になれるのかもしれないが、何にせよ考えなしに動かれることほど他人にとって迷惑なことはない。それが思慮に基づくものであれば、何かをしないということも、何かをするということと同様にひとつの行動であるということは認識されて然るべきだ。そして、それによってこそ道は開かれうる。あなたがどこか知らない場所に行こうとする場合に、どうやってそこまで辿り着くか。常識的に考えれば家を出る前にその場所を調べ、それからそこまでの道筋を理解してから出発することだろう。考えてばかるじゃなくて行動しなくちゃ、なんつって、道も確かめずに飛び出す愚か者はそうおらぬことだろう。わたしが主張するのはそのような単純なことに過ぎない。古人曰く、急がば回れ。急ぐのならば回れと。
そしてもう一点、身近なところから身の丈にあった行動をしていくということ。たいそうなことをできるとも、やらなければならないとも思わぬことだ。そんなことはそれこそジョン・レノン級のビッグネームに任せておけばよい。その手の方々の好む表現で言えば、あなただからできる形の行動をすればよいのだ。一国の平和というたいそうなものも、つぶさに見ればそこに暮らす国民一人ひとりの平和の集積に過ぎない。となれば、まず自分の平和、そして周囲の人々の平和を達成することが一国の平和、ひいては世界平和に至るまでの物事の筋道というものだ。身近な生活であっても他の人々の平和に貢献できることはいくらでもある。道に転がる空き缶を拾うことでも良かろう。倒れた他人の自転車を元に戻してやることでも良かろう。ATMで通帳記入する際に、後ろの人に順番を譲るということも良かろう。こんな些細なことであったとしても、それが為されなければ、為されていなければ多少なりとも心が乱されるものだ。一方で、それが為されれば、また為されているところを見れば何となくうれしくなるものだろう。街頭で叫んだとしてもイラク戦争は終わらない。にもかかわらず場所を占有し、騒音を撒き散らし、害悪たることはなはだしい。道端で空き缶を拾うのと、はたしてどちらが有効であるか、もう一度よく考えてみることだ。
別に社会に関心を持つななどということではない。社会参加は選挙という機会を先人たちが残してくれているのだから、この機会を有効活用すればよいのだ。何回か前にも書いたが、世の中にガタガタ言う連中は選挙に言ってから文句を言えと。こういうと、投票するに値する人間がいないから投票しないなどという答えが返ってくる。もうね、夢見る乙女かと。いつまであこがれの先輩に恋焦がれているのかと。誰だってどこか妥協した相手に足りないながらも多少の満足感を感じつつ、かつそれだけにはとどまらず、それぞれの描く理想像に近づくべくお互いに成長しよう、させようとしているのではないか。それと同じことで、たとえベストな候補者はいなくとも、ベターな選択をするよう頭を働かせることだ。訳が分からないという方は、単純化しても良いだろう。今の政治に満足であれば与党に投票、不満であれば野党に投票。与党以外に投票すれば、たとえその候補者が当選せずとも接戦になればなるほどにそれは与党に対する有効なプレッシャーとなる。政権交代がたとえ起こらずとも、このように危機感を抱かせることに成功すれば、与党は次回の選挙を睨んで国民受けをするような譲歩をせざるを得なくなるだろう。あなたの一票が当選への一票とならずとも、その票が死ぬわけではない。真の意味での死票とは、それを行使せぬことによって初めて生まれる。このことを忘れてはならない。


さて、色々と脱線してきたが最後に本題に戻ろう。今回言いたかったのは、一人ひとりによってでも世の中は変わりうる、ということ。ただし、それが可能であるか否かについては、一人ひとりの姿勢に委ねられている。その姿勢をどうするべきかについては多々意見があるであろうが、わたしは現実についてまず学び、考え、その後で身近なところから行動していくことを主張する。単に想像するだけでなく、身近な現実のものとして考えることによって初めて、そのものも現実となると考えるためである。まぁ分かりにくく言うと、アニメの美少女相手に想像を膨らませたところで、現実の彼女は作れないってこったね。この手の連中を馬鹿にするのは世の常だが、そんな方は自分もそうなっていないかどうかよく省みることだ。そして、もしそうだとすれば、自分の吐きかけたその言葉を、自らでもう一度噛み締めることだ。



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☆本日のコピペのコピペ☆
495 おさかなくわえた名無しさん 04/08/01 13:09 ID:4liV594H
食べると集中力の上がる食材ってありますか?


496 おさかなくわえた名無しさん 04/08/01 13:10 ID:kB3msNzY
>495



497 495 04/08/01 13:13 ID:4liV594H
>>496
食べることに集中するんじゃなくって、
摂取することによって集中力が上がる成分の含まれた食材でおねがいします。

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iPodの変えたもの
iPodの販売台数が一億台を突破したそうで。これは、ソニーのウォークマンが13年かかって達成した記録を5年半も更新する大記録だそうだ。そんな時期に合わせて「iPodは何を変えたのか」という本が出版されている。産経新聞にその本のレビューがあったのだがその記事曰く、iPod勝利の原因は「サービスとソフトウエアとハードウエアを組み合わせる総合的コンセプト」とのことだ。つまり、再生機器それ自体にとどまらず音楽を購入、管理する環境までをデザインし消費者に供給できたから勝利できたというわけだ。今回はこのことについて考えてみたい。
この著者の分析にはかなりの部分、納得できる。iPodが登場する以前からわたしはパソコンの音楽ファイル再生機器を眺めてきたのだが、それ以前のこの市場はある程度の知識のある者のみを対象とした非常に狭いものでしかなかった。プレイヤーはあくまでパソコン上で作成したmp3のような音楽ファイルを再生するためだけのもので、そのファイルはCDから自分でソフトを使って作成するなり中国のサイトから落としてくるなり(言うまでもなく違法だが)するしかなかった。中国サイトは当然として、ソフトを使ったファイル作成も単純ではなかった。まずCDからリッピングしてwavファイルを作って、そのファイルをエンコードしてようやく完成。これに加えてプレイヤーに転送するにはメーカーごとのソフトが必要な場合もあった。このようにファイルの作成、転送にそれぞれソフトを必要とし、管理はWindowsのフォルダで行うという状態で、それらを統合したシステムというものは不在であった。よって、とてもパソコン初心者には勧められないものであった。そのためか市場も大手メーカーが参入しておらず、中国やら韓国やらのメーカーだけという、今考えれば非常に胡散臭い市場であった。今もiPodやwalkmanを除けばそんなもんだが。
その市場に突如やってきたのがiPodだった。iTunesという音楽の作成、購入、管理を一手に引き受けるソフトとともに。ただし当初の印象としては、それほど芳しいものではなかったと記憶している。今に比べるとデザインも野暮ったくて分厚かったし、電池の持ちが悪かった上に交換もできなかったからだ。それに何より最初のiPodはWindowsでは使えなかった。これが、後にここまでの繁栄を迎えるとは到底考えられなかった。しかし、いつの間にかWindows対応になりデザインも洗練されてきてどんどんシェアを拡大していく。途中からは音楽配信事業も行うことになり、これがさらなる追い風になった。1曲99セントという価格設定はレンタル制度のある日本人にとってはそれほど魅力的には見えないが、買うしか選択肢のなかったアメリカでは結構なインパクトがあったようだ。
これらの点も見逃せないポイントだろうが、最大の鍵は著者の指摘の通り、iPodとiTunesだけいじれば事足りる、という環境を作ったことにあるのではないか。それまでの手法だとリッピング用のソフト、エンコード用のソフト、プレイヤーへの転送ソフトが別々に存在し、それらを駆使することでようやくCDからプレイヤーへと音楽の転送が可能になっていた。個々の機能で優れたものは存在し、別々にやる意義がないわけではないけれども大多数の人間にとってその違いはその手間に比べれば不要なものである。そして、それはパソコンにそれほど詳しくない人間への障壁となっていた。Appleはその辺りの問題を実に巧妙に解決してみせ、マニアだけのものだったパソコンで音楽を聞き、さらにそれを持ち出すという行為を一気に大衆化させた。そして、それまでの携帯音楽プレイヤーの王者であったソニーを蹴落としてトップの座に君臨することに成功した。
今になってwikipediaの記述などを見ると、どうもAppleはその辺を意図的にやっていたようである。勝てば官軍とも言うし、すべてが計算ずくであったとは思わないが、それが事実であれば大したもんである。ただ、悠長なことを言ってはいられない。日本企業はこの猛者とこれからも競争をしていかねばならないのである。このレビュー記事はiPodの中身に日本のメーカー製の部品が多いことに触れながらも最大の利益を得たのはApple自身であるとし、「『いいものを作る』だけでは生き残れない」と締めくくっている。良い製品を作るだけでは生き残れない。これはまさにその通りで、これからの日本の企業に突きつけられた課題といっても過言ではない。これについてはもう少し次に述べよう。


ちなみにiPodに肯定的なことを書いてあるが、自分としては韓国メーカーiriverのT10という機種を2年ほど愛用している。その前はmpioのDMG64、この手のプレイヤーの黎明期である2001年からの生き残りで、現役は退いたもののいまだなおたまに活躍している。持ち主に洗濯機で回されるという憂き目に遭うも、数日後しっかり乾いたら普通に動いたという伝説を持つ。これも韓国。iPodは電池の持ちが悪い上に充電池内蔵式なのが痛い。ウチのT10ならば単三乾電池一本で40時間再生だ。先代も乾電池だからこそ今なお生き残ることができているようなものだ。それと、記事中で触れたiTunesもフォルダでの管理に慣れた人間にとっては面倒臭そうでしかない。さらにこれが致命的なのだが、自分の所有しているファイルはiPodでは認識しないマイクロソフト謹製のwma形式なのだ。ファイルサイズが小さくて音質まずまず、ファイル作成も簡単ということでずっと愛用していてすでに何千曲という数になっているので、すべて変換するだけの気力も今はない。ここのところ本当にiPodの寡占化が進んでいるようなので、市場活性化のために韓国に限らず他メーカーには頑張ってほしいものだ。


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☆本日のコピペのコピペ☆
87 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/07/28(金) 02:45:17.46 ID:KV2bH2MS0
木の実ナナ「へぇー、あんたもナナっていうんだ。」

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