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プレステとMeと、思いやり。
弱者と接することで、人はやさしくなれる。

これは教員採用試験での集団討論対策で、模範解答として記載されていたものである。質問は「大学時代で頑張ったことは何か、それで学んだことは」といったものであったかと思う。これは、障害を持っている方などと接することによって、やさしくなることができました、ということらしい。あなたはこの言葉を理解できるだろうか。分かる、と言われてしまっては身も蓋もないけれども、わたしはどうもこの言葉が理解できなかったのだ。何となくながら分かった今となっては、なぜ分からなかったのかと言われても分からない。とにかく、その疑問は試験勉強をしている間も、それ以後も残り続けていたのだった。

その疑問が晴れたのは突然のことで、採用試験が終わって数年ぶりにプレステ2というかテレビゲームをやっていたときであった。わたしは兄とボンバーマンに興じていた。ボンバーマンとはその名の通り「爆弾男」の意であり、爆弾でもってお互いに殺戮し合うという男と男の真剣勝負である。ファミコン黎明期からの歴史あるタイトルであり、今も毎年のように新作が出ている息の長いシリーズである。基本の部分はファミコンのときから変わっていないのだが、それでも出続けるのは衰退著しい製作元ハドソンの台所事情というところがあろう。とはいえ誰でもすぐにルールを理解して楽しめて、しかも上達すれば上達したなりに美しく敵を殺戮するなどという楽しみ方もできる良作なので、それなりに売れているようだ。それだけに出さなきゃハドソン!(注1)との具合にシリーズ出まくりの今作である。というか、桃太郎伝説の新作出してくれよ、ハドソン。
そんなことはまったく本筋とは関係がない。とりあえずボンバーマンをやっていたわけだ。途中で兄は用事か何かで外出の準備を始めたので、その後は一人でコンピュータ相手と命がけの戦いを繰り広げていた。それにいい加減に疲れてきて終えようかと思ったとき、あることに気付いた。

「これってどうやって終了させるんやっけ??」

オープニングのメニュー画面のどこを見ても「終了」などという項目は見つからない。ここで、日頃からゲーム機を扱っている方は突っ込みたくなるだろうが、しばしお待ちいただきたい。わたしは数年ぶりにゲーム機というものに触れ、それまではパソコン一辺倒であった。よって、「終了」の動作とは画面で選択して行うものであるという固定観念がガッチリと生じていたのだった。たまらず、出掛けようとしていた兄を引きとめて、終了の仕方を聞く。すると、「電源ボタンを長押ししろ」と言う。

「それって強制終了ぢゃん!」

この時点でもまだ自分はパソコンの感覚が抜けていなかった。ご存知の通り、パソコンで電源ボタン長押しは「強制終了」であり、調子が悪くなったときの最終手段である。電源を切る準備が整わぬままに強制的に電源を落とすのであるから、パソコンへのダメージは免れない。特に、わたしにはこれにカカオ99%チョコ並に苦い思い出がある。
それは最初に手に入れたパソコンとの格闘の日々である。時は2001年、OSはかの悪名高きWindownsMe。何もいじっていない状態でもメチャクチャに不安定で、頻繁に起動失敗、フリーズを起こすというあんまりな仕様。その不安定さのあまり、ドジっ娘に萌え変換させて脳内での問題解決を図ろうとする一部の人間(注2)まで生み出したほどの代物である。それは初心者にパソコンのデリケートさを植えつけるには十分であった。そのMeで強制終了などしようものなら、次回起動時には画面全体が夏の海のように真っ青な「OSがうまく立ち上がりませんでした」でお出迎え、そこで再起動するとセーフモードで立ち上がり、そこでエラーチェックなどが行われてさらに再起動されて、ようやく再びまともに立ち上がるというコンボを食らう羽目になる。しかもそのダメージは蓄積されていき(あくまで印象に過ぎないが)一度そうなれば次も起こりやすくなるというスパイラルに陥ることになる。まさに強制終了は地獄への片道切符と言っても過言ではなかったのだ。いや、マジで。
今ではパソコンもXpに進化して、不安定さに悩むことはなくなった。しかし、強制終了などする機会がないだけに、強制終了というその行為への恐怖は癒えておらず、それは万策尽きた後の最終手段であり続けていたのであった。よって、わたしは堪らず聞いてしまった。「他の手段は?」今思えば、正気の沙汰かと思う。兄は呆れたように、


「スーファミとかもそうだっただろ?」

  ・
  ・
  ・

この言葉で自分はようやく現実世界に戻ってきた心地がした。たしかにこれまでゲーム機では強制終了、というか電源プッシュが当たり前であった。当時としてはそれが当たり前で、そんな配慮など思ったこともなかった。そしてそう思い至った瞬間、わたしはもう一つのことにも気付いたのだった。そう、冒頭の言葉の意味である。

「弱者と接することで、人はやさしくなれる」

弱者とはパソコン(特にMe)である。その弱者と接するなかで、わたしはその弱者を配慮する心、さらにはそこからそれ以外のものに対してまで配慮することのできる、やさしい心を持つことができていたのだった。

この瞬間、頭の中には歴代のゲーム機たちがフラッシュバックしていた。ファミコン、ゲームボーイ、スーファミ、プレステ、ゲームボーイカラー。機器に対する配慮などは、これまでさっぱりなかった。丁重に扱ってきたのはバッテリーバックアップのRPGくらいのものであった(特にドラクエ3)。そんなお前たちに、自分は気付いてやることができなかった。すまない、お前たち。おそらく家のどこかに残っているだろうから、久々に遊んでみよう。そして、今度はやさしくそっと電源を切ってやろう。

前より少しやさしくなった、そんな自分に気付くことができた、夏のある暑い昼下がりのことであった。


注1 出さなきゃハドソン!
「やらなきゃハドソン!」というこの会社のキャッチコピーを改変。何のことか分からないだろうから説明しておくが、「ハドソン」の「ソン」を「損」とかけており、「やらないと損ですよ!」の意である(おそらく)。「そうはい神崎」並に駄目コピーだと思われるが、同じように嘲笑とともに用いられることがある。

注2
「OSたん」で検索するとwikipediaでやたらと詳しい説明を読むことができる。これを書くにあたって調べてみたところ、Flashやアニメまで作られているらしい。日本の萌え文化の深淵を見た心地である。ちなみに「OS-tan」として、本家wikipediaの方にも掲載されている。恐るべし、オタク文化。


☆本日のコピペのコピペ☆
307 名前:名無しさん@明日があるさ 投稿日:2006/04/25(火) 15:48:11
易しいことから学ばせようと、
新人のおにゃのこに簡単な仕事振ったら
そのくらい自分でやって下さいよ
とキレられた

死にたい

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Comment
≪この記事へのコメント≫
嗚呼、Me…懐かしい。
大学4年間は奴に泣かされたよ。ダメ人間…じゃなかった、ダメOSの代表と言っても過言ではないMeに、なぜか大学4年次には愛着を持っていたんだけれどね…。

最近XPが瀕死になって、安楽死&蘇生(再いんすとーる)を行いました。
やっぱ機械にも優しくしたらんとね。
2006/08/27(日) 22:25:32 | URL | わた #-[ 編集]
Meは本当に衝撃だったよなぁ。。。しかし、Xpも瀕死になることあるんやね。オレの子はムチャクチャ良い子だよ。来年には新OS登場らしいけど、まだまだこいつに任せることになりそう。大事に使わないとな。
2006/08/28(月) 00:17:49 | URL | Hoz. #-[ 編集]
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