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悪い子の気持ち
中学・高校時代、たいていクラスには何人か先生に反抗する生徒がいたと思う。服装であったり、素行であったりといったことに関してである。当時としては、彼らの気持ちを理解することができなかった。なぜわざわざ面倒なことを自ら求めているのかと思っていた。けれども最近になって、何となく彼らの気持ちも理解できるようになってきたのだった。

象徴的な出来事がある。それは、バイト先のお偉いさんとの対立である。わたしは大学4年の頃にデジカメの販売員のバイトをしていた。これはお店に雇われるのではなくて、メーカーに雇われるもので、そのメーカーの機種を売るという仕事である。よって勤務する日によって店舗は異なっている。市内近辺にはヤマダとコジマ、それとカメラのキタムラがあり、その三店舗の中から会社側に決められた店舗に行くという形式を取っていた。
さて、その相手とはその内の一つの店舗の店長。その日、わたしはその店舗で初めての勤務であった。この店では一日働いた後に勤務報告の提出を義務付けられていた。その旨を店舗のスタッフの方に説明されて用紙をもらい、わたしはそれを書いていた。用紙には担当部門や販売実績などの数字に関する部分、そしてその下の方には「お客様からの要望」、「業務の中で困ったこと」といった項目があった。

この設問が後に問題を起こすことになる。わたしはこの質問をそのままに受け取った。さまざまな受験雑誌などを見れば分かるように、設問をしっかりと読んでから問われていることだけを簡潔に述べるというのは試験の鉄則である。この設問で問われているのは、読んで字のごとく、要望と困ったことである。そう確信して、わたしはその欄にお客様の要望と、業務中に困ったことを書いたのであった。その日に書いたのは、台数限定で安かった商品が展示品しか残っておらず、展示品で汚れてるんだから安くしてくれとお客さんに言われたことであったかと思う。

書き終わって、わたしはそれを店長に提出した。渡すと目の前で読み始める。どうやら、直々にありがたいお言葉をいただけるようだ。なんてことを考えていた矢先、突然言われたのがこんなお言葉。

「単にお客様から言われたことをそのまま受け取るんじゃなくて、自分で解決する方法を考えないと駄目だろ?」

こんな感じだったかと思う。そこから長々と「ありがたいお話」を拝聴することになった。詳細は省略するが要するに、「要望」「困ったこと」の欄にはその解決に至るまでの流れまで書かなければならなかったのであった。そして、彼は設問通りに「要望」「困ったこと」だけ書いたわたしの紙を見て、実際の接客でもそこで終わってしまったと勘違いして、説教を始めたのである。言うまでもないが、わたしとて単に客からの要望をそのまま聞いていたわけではない。あれこれと説明するなり、説得するなりという行動をしている。単に設問でそこまで問われていなかったために書かなかっただけである。しかし、彼はそんなことに気付きもしないし、わたしに真意を問おうとすることもない。一方的に自分の輝かしい接客テクニックをまくし立てるだけである。途中で口を挟もうともしたのだが、もうどうにも止まらない♪という調子で、独演会が終わる頃には言い返す気力も失せていた。

目の前の喧騒を聞き流しながら、そのとき考えていたのが、学校での悪い子たちの気持ちであった。彼らは今のわたしと同じように感じていたのではなかったかと。何か規律に反したことをした場合、その人間が意図的に破ってやろうという気持ちで、その行動を起こしたとは限らない。もしかしたら、何かの手違いで結果的にそうなってしまっただけという場合なのかもしれない。それだけに、その真意がどこにあったのかということは正確に汲み取る必要がある。それは言うなれば医療における診察であり、それなくして何の処置も投薬も意味を為さない。つまり、効果的な指導もできないし、改善も望めないということである。しかし現実には、その理由も聞かぬままにロクな人生経験もない人間が偉そうに人の道を語っておしまいという、指導とは名ばかりの自己満足がまかり通っている。学校においても、そしてこの家電量販店においても。相手はそれが本意でなかったことに気付きもしないし、その行動に至った理由を聞こうともしない。

こんなことを一度経験すると、もはやその人間を信用するなどということはできなくなる。信用というのはガラス細工のようなもので、作るには時間がかかるが、壊れるのは一瞬である。不良たちが「大人は分かってくれないのさ!」などと卑屈になって深みにはまるメカニズムも理解できなくはない。彼らは周りよりも大人びていて、しかも繊細なのだと思う。おぼろげながらも自分の考えがあるから対立もするし、繊細であるから教師のちょっとした一言でも大きな影響を受けてしまう。昨今はヤンキー漫画というジャンルが確立してしまって、そこから流入する人間も多いので一概には言えないが。


翻って教える側として考えてみると、このような生徒と接していくのは簡単なことではないだろう。たった一人の一言が、その人間一生の教師観、さらには大人観にまで影響を及ぼしかねない。とは言え、元々そのような覚悟を持って、そのような責任を背負うべきと考えるべきなのかもしれない。その覚悟があってこそ、初めて身を引き締めることもできるし、生徒への真摯な態度にも繋がるのではなかろうか。この件で言えば、叱って終わりという安易な解決(ちっとも解決していない)を図るのではなく、その真意を汲み取るよう努めるということである。簡単なことではないけれども、それなくして教育環境、職場環境における相互理解を求めることはできないであろう。そして、そのためにはまず、上に立つものがその手本とならねばならない。人の上に立つのは簡単なことではない。自分もまだまだ精進が必要である。

☆本日のコピペのコピペ☆
問: 「うってかわって」を使って短文を作りなさい。
答: 「彼は麻薬をうってかわってしまった」

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