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勝手にカテゴライズ?
ご無沙汰しております。書きたい気持ちはヤマヤマだったですが、兄貴の気分次第でネットに接続できたりできなかったりの状況なのであります。ようやくADSLを契約したのでもう少しの辛抱です。温かく見守っていただければ幸いであります。

さて、今日は偏見についての話。勝手に妙なカテゴリーでまとめられて、文句を言われた経験は誰にでもあるだろう。たとえば、「最近の若者は」「近頃の女子高生は」といったようなものである。それは必ずしも真実ではない。むしろ、そうではないことの方が多いのではないか。しかし、それはある種の真実としていつのまにか生まれ、一人歩きをしているのである。
それはなぜか。それはあなた自身には当てはまらなかったとしても、そして全体としては半数を超えないとしても、あなたの属する枠組み内(中学生であったり、男性であったり、公務員であったり)の人間の一定以上の人間が、そういったことを行っていたためである。その何らかの要素における割合が「それ以外の枠組みと比較すると多い」というイメージが固定化して、定着しているのである。

それはあくまで一部に過ぎない。「偏った目で判断するな」「もっと一人一人を見て」、こういった意見はあまりに正しい。しかし、そんなことで解決するほど問題は単純ではない。このように考える方は、まず自分自身の認識の方法を疑ってみてはいかがだろうか。あなた自身も他のカテゴリーに対しては、同様の認識をしているはずである。「今の大人は」「今の教師は」「今の政治家は」といったようなもので、これもまたある一部のイメージが拡大したものでしかありえない。にもかかわらず、「今の教師はだめだ」「今の政治家はだめだ」という考えは、きっとあなたの中で確かな情報として認識されているはずである。これは最初に述べた「今の若者は」と何ら変わることがない。

人間は自分の知らないものに対しては偏った見方をしがちである。その不確かさを指摘するのは簡単だが、相手も自分も、そのような判断をしてしまうという現実をまず理解しなくてはならない。そもそも、「偏った見方をする」というと響きは悪いが、人間は入ってくる情報を常に取捨選択しているのであり、それはひとつの優れた機能であることを忘れてはならない。いわゆるADHDの方はこの部分(前頭葉らしいが)の働きが弱いために一つのことに集中できず、またパニックになりやすいと言われている。つまり、偏った見方をしているからこそ、集中も出来るしパニックにも陥らないので済むのである。

こうした相互間の不信感を助長させないためには、まずこの仕組み、つまり自分自身も偏見でモノを見がちであることを理解することである。また、自分の認識が本当に正しいのかについては常に疑ってみることである。人間は自分の都合の良い方に解釈したがる。よって、自分の属するカテゴリーに対しては、「そんなことはない」「勝手なことを言うな」と言うにもかかわらず、他者に対する批判の様式は「今の大人は」といったことになりがちなのである。


もう一つ、ここにより根本的な解決策がある。それは、一人一人が何らかのカテゴリーの一員であるという意識を持つことである。なぜ悪いイメージが流布してしまったのかというと、その中のある一定の人間が悪いイメージをもたらすような行為を行っていたためである。そのおかげでその行為には関係のない人間であっても、その人間と同じカテゴリーにいるというだけで同じように見られてしまうということが起こるのである。この点に関して思い起こされるのは、福沢諭吉の「学問のすすめ」初編の一節においてこのように述べる。

「一人の放蕩は諸人の手本となり、ついに世間の風俗を乱りて人の教えに妨げをなすがゆえに」「その罪許すべからず」

この部分は、自由とわがままの違いは他人に迷惑をかけるか否かにあるという主張に続けて彼が述べているものである。他人の迷惑にならないことが「自由」なのであれば、迷惑をかけなければ何でもして良いのかというと、そうではない。一人の行動は「諸人の手本」となって、「世間の風俗」を乱してしまう。よって、他人に迷惑をかけないからといって、何でもして良いわけではないことを彼は主張している。

何らかの悪事を働く人間は、それが他人の迷惑になるなどということは考えもしていないだろう。しかし、すでに述べたように人間は偏見でものを見ざるを得ない。そのために一人の行為はそのカテゴリーに属する人間の行為として、それ以外の人間には認識されてしまうのである。

より具体的に言うと、公務員の横領などはその行為それ自体も問題であるが、それ以上に公務員というカテゴリーの品位を汚すという点で許されないのである。また、援助交際なども同様である。売る側はお金を手にいれ、買う側はサービスを受け取る。誰にも迷惑をかけていない、と彼ら彼女らはうそぶく。しかし、これもとんでもない話なのだ。それはたとえば(これに限ることではないだろうが、もっともイメージが浸透しているのでこう言うが)女性、特に女子高生というカテゴリーのイメージを貶める行為なのであり、その点で絶対に許されないことなのである。

人間は一人で個人として生きているわけではない。これは何も空虚な励ましなどではない。そうであるがゆえの責任をまっとうすべきであるということを主張するがためである。人は必ずどこかにカテゴライズ、要するにどこかのカテゴリーに分類されているのである。であるから、自分の行為は個人の行為にとどまらずそのカテゴリーの行為としても認識されうる。このことを理解し、その自分のカテゴリーの品格を貶める行為などは厳に慎むべきである。それは自分自身のみならず、そこに属する他の人間のイメージまでを貶め、他人からの偏見をわざわざ生む結果となってしまうのである。


偏見は誰にでも起こりうる。このことを常に意識し、他者理解に努めるべきである。そして少なくとも、自分自身が悪いイメージを流布せぬようにし、できることならば世のイメージを覆すような品格を持って生きることである。わたしたちは一人ではない。イメージを悪くすることが可能なように、良くすることも不可能ではないのである。

ついでながら、ADHDについての面白いサイトを紹介しておこう。その名は「フロンティア☆ADHD」。漫画を利用して、ADHDに対しての知識が得られるようになっている。わたしもここでようやくそれが何たるかを理解できました。



☆本日のコピペのコピペ☆
111 :なまえをいれてください :05/02/25 18:43:18 ID:lCD1/K6Q
友達にどのプロバイダー使ってるか聞いたらさ、「教えぬ!」って言うわけよ。
ちょっとカチンと来たけど我慢してもう一度聞いたら、「だから教えぬ!」だってさ。
あんなに頑固な奴だとは思わなかったぜ

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