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ドミノな心。
前回、わたしはすばらしい不動産屋さんとの出会い、それにたいそう感動したことについて述べた。状況は異なるにせよ、誰かのちょっとした行動を嬉しく思ったという経験は誰でもあるであろう。「知らない土地で道を聞いたら親切に教えてくれた」であったり、「狭い道を自転車で走っていたら対向車が率先して避けてくれた」であったり。このようなことをしてもらうと、人間誰しもうれしいものである。そして、その人間に対して、さらにはその人間の属するカテゴリーをも含めて評価を改めることにもなる。たとえば、「今どきの女子高生も捨てたもんじゃない」などといった調子である。
ちょっとしたことであれ、何か有益なことをしてくれれば人間は嬉しく思い、かつそれはその人間への評価につながる。これは、その逆もまた然り。失礼で心無い対応をされれば誰しも頭に来るのもまた事実である。そして同じようにその人間のみならず、そのカテゴリー全体にまで否定的な感情を抱くようになる。たとえばある人間が女子高生に道を聞いたとき、まったく相手にされないということが起これば、その人間における女子高生イメージは地に落ちるだろう。
このようにそれがたとえ些細なことであれ、一人の人間の行動は一人の人間の感情を変化させうる。その一人の人間の感情の変化は、その人間も含めてその周囲の人間の感情および行動を変化させうる。こうして、一人の行動はその周囲の人間に伝播し、同じように無限に連鎖していく。

これは言わば、ドミノのようなものである。ひとたび何かの感情を抱けば、その感情は周囲へと広がっていく。失礼な態度を取られたらそれへの不快な感情がその人間を支配し、その人間の行為をも失礼にする。そして、今度は周囲の人間がそれに対して不快な感情を示すようになる。これをネガティブドミノと呼んでおこう。機嫌が悪い人間と話していて、自分まで機嫌が悪くなることは少なくないだろう。しかし、それはそこで完結しているわけではない。その人間から受けた不快な感情はあなたにも伝播し、かつ知らず知らずのうちに発信者にもなりうる。一人の人間を発信源として、受信者から発信者へと延々とネガティブドミノは続いていくのである。もちろん、それがすべて他の誰かへと転嫁されるわけではない。スポーツなり趣味なりで解消されることはあるだろう。ただし、処理せねばならないものを抱えるという点で、それは百害あって一利なしである。

感情というのは悪い方ばかりではない。不快な感情があれば、快い、嬉しい楽しいといった感情も存在する。そして、それもまた同様に伝播しうる。これをポジティブドミノとでも呼ぼう。この作用こそはわたしのもっとも言わんとするところである。つまり、不快な感情が伝播させるのではなく、嬉しい楽しい感情を広げていこうという意志を持とうではないかということである。
楽しそうにしている人間と話していれば聞いている側も楽しくなることがある。また、誰かに何かをしてもらって嬉しいという感情を持てば、自分でも誰かに何かいいことでもしてやろうと思うだろう。それが直接的に行動に移らずとも、周りのちょっとした面倒事に対する耐性が生まれるということもある。前者の場合はポジティブドミノをさらに周囲へと広げることとなる。一方、後者はネガティブドミノに歯止めをかけることができる。

わざわざ不快な気分になりたいと思う人間はいないであろう。となれば、その有効な対策は今回述べたドミノ構造を意識することである。そして、ネガティブとポジティブ、いずれにしても自分の感情が周囲に伝播することを理解し、後者の方を広げていくよう努めることである。

それについて、もう二点ほど付け加えておきたい。一つは、何か親切な行為をして喜ぶのは受け手側だけでなく、行動する側にとっても満足感を得られるという点。誰かに何かを求められたときに役に立つことができれば、それがちょっとした面倒なことであったとしても嬉しいものである。かつ、感謝でもされようものなら、それに対する労力など一気に消し飛んでしまう。たとえば、老人の方が誰かに席を譲ってもらえば当然に嬉しかろう。その場合に譲った側は不幸になるかと言えば、そんなことはなかろう。同時に譲った側も足腰の弱い老人に良いことをしたと大いに満足することだろう。つまり、そこにはWin-Winの関係が成り立ちうるということである。いいことをすると気分がいいというが、まさにその通りである。それは他人の幸せになるばかりでなく、自分にとっての幸せにもなりうるのである。
もちろん、何でもかんでもやればいいというわけではない。親切のお仕着せはもっとも忌むべきものである。過ぎたるは及ばざるが如し。ここでは多くを述べないが、それは他人のためという装いをした、他でもない自分のための、自分をいい人に見せかけるがための親切である場合が多い。それは所詮ハリボテであり、底は浅い。これについてはまたいずれ述べることになろう。

もう一つは、ポジティブな勘定を引き起こすために、何もたいそうなことをする必要はないという点。相手側が嬉しいと思うような行動は、行動する側にとってはまったくたいしたことではない場合も多い。たとえば、この世に生を受けて二十年もすれば、道を聞いた経験も教えた経験もあるだろう。道を教えるなどということに、それほどの労力は必要とされない。それに対して、親切に道を教えてもらったときの感動はその比ではないだろう。その効果は仕手と受け手の間を通る瞬間に一気に増幅される。そしてドミノ構造によってさらに伝播していくのである。
もっとも、この反対のことも当然ながら起こりうる。適当にあしらったことへの当事者の意識と、あしらわれたことに対する受け手の怒りは比べものにならない。そして、これまで述べたように、その怒りはその人間の周囲でネガティブドミノを起こす。この部分をまとめるならば、ちょっとした行動でも周囲に影響を及ぼしうるということであり、一つ一つの行動を熟慮するべきである、となろう。


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☆本日のコピペのコピペ☆
26 名前: 航海王子 ◆U6/faU4Zww 投稿日:2006/05/21(日) 10:39:55 ID:BfLhm42O0
俺が新入社員の頃の話だが
書類を入れた封筒を取引先に届ける時
上司に「封筒に”おんちゅう”って書いとけよ」っていわれたので
筆ペンで”WANT YOU”って丁寧に書いて郵送した
後日、上司に鎖骨の辺りをグーで殴られた
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

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≪この記事へのコメント≫
てぃわす♪久しぶりです副島です( ^-^)旦~新しブログさっそく覗かせていただきました。
まずは大学の事務職員?への就職おめでとうございます。しかし②度目の教採も目指してるんですか?カフィーブレイクしながらコツコツ頑張ってください。
感情ドミノ論すごいですね、確かに相手のことを考えて行動することは大事ですね。しかしあまり細かいことは気にせず、素の自分でいれればそれでいいと思います。一つ一つ考えて行動するのも頭痛いですし、難しいですからね、自然体が一番いいと思いますよ☆
2006/10/22(日) 23:53:22 | URL | 副島 #-[ 編集]
個人情報ダダ漏れやんけ!ということで一部修正いたしました。んで、お久しぶり。君らにも連絡せんとなと思いつつ、バタバタと忙しくてさっぱり忘れてましたわ。教員採用はとりあえず様子見、せっかく雇ってもらったのに義理が立たんからね。

人間のあるがままなんてのはロクなもんじゃないよ。ま、このネタはあと一回続くんで、ご覧くださいな。
2006/10/23(月) 00:19:02 | URL | Hoz #-[ 編集]
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