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貧困の直し方。 グラミン銀行のユヌス氏、ノーベル平和賞受賞
バングラディシュの経済学者ムハマド・ユヌス氏がノーベル平和賞に輝いたそうだ。「<ノーベル平和賞>バングラデシュのグラミン銀行と総裁に」(Yahooニュース)ダイナマイト親父大賞をことさらに権威として持ち上げるわけではないが、それが基本的に世界的に優れた人間に与えられるものであることは間違いなかろう。今回の受賞は彼の創始したグラミン銀行の功績に対して。この銀行は普通の銀行ではない。貧しい女性たちに担保なしに金を貸すことで、彼女たちを自立させることを目的とした銀行である。

そのきっかけとなったのはある女性との出会いだという。その女性は高利貸しに金を借りなければ生活ができず、借りたら借りたで返済のために儲けが減って、さらに借りなければならないという悪循環に陥っていた。そこで彼はその女性に高利貸しに頼らないでも生活できるだけの額を貸し出した。それは寄付ではなくて、ローンとしてである。その結果、彼女の生業の利益は2セントから1ドル25セントへと跳ね上がった。わずかな融資で彼女は貧困の悪循環から抜け出し、人並みの生活が可能になったのである。
この経験から彼は同様のことを他の人間にも行うようになった。ただし個人として行うには限界がある。さらに既存の銀行は担保を持たない人々への融資に積極的ではない。こうして、貧しい女性に無担保融資を行う銀行を創設することを決意するのである。

銀行の概要を簡単に説明しておこう。まず借り手は5人程度のグループを作る。これは相互にメンバーの借金に責任を持たせるためである。江戸時代に農民統制の手段として用いられていた五人組制度を想像すると理解しやすいだろう。そして借り手は融資の規則や銀行の考え方などの教育を受ける。その上で試験をパスすれば融資を受けられる。融資は無担保であるが、当然ながら返済する必要がある。とは言え、返済率は何と98パーセントにも上るのだという。


このシステムの画期的な点は、貧しい人々の生活を助けるのみにとどまらず、それらの人々が自立することを促す点にあるかと思う。単なる経済援助であれば世界中で山のように行われている。しかし、その多くはそれに甘えて働くことに意欲を失う人間を増やすばかりである。(そもそもそのような国の場合は末端まで援助が行き渡っているかすら怪しいのだが)かといって、ユヌス氏の出会った女性のように、貧しい人間が援助なしに悪循環から改善することは難しい。よって、貧しい人々の生活を改善していくためには一時的な経済援助と、それに頼らずに済むように彼らを教育し、労働意欲を高めていくことの両輪が必要となる。それがまさにピタリと当てはまったのが彼の作ったグラミン銀行であったのではないか。

このシステムは現在では世界60カ国以上で利用されて、利用世帯数は4000万人という規模にまで発展している。そして、その功績が称えられてユヌス氏は今年のノーベル平和賞に輝いた。その存在を経済の世界だけでなくより広く社会一般に知らしめたという点で意義あるものであったと言えよう。わたしもこの賞を受賞したということで彼の存在を知ったのであった。ただ個人的に惜しかったのは、受賞が「経済学賞」ではなかったという点である。試験の勉強のために多少かじった程度であるが、経済学というものは世界の大部分の人間にとっての経済とは大きくかけ離れたものになってしまっているように思える。(ミクロ・マクロのマクロの意味ではなく)巨視的な視点も必要なのだろうが、結局のところ個々の人間からこの世界は成っている。となれば学者はこのような問題にこそ積極的に取り組んで然るべきであり、またそのような者こそが経済学者としての権威を与えられるべきなのではないだろうか。


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☆本日のコピペのコピペ☆
343 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/10/19(木) 22:39:03.26 ID:oD72Bkx00

中1の時、学年中の靴箱の「田中」を「油虫」にして校長室に呼ばれた

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≪この記事へのコメント≫
てぃわす
てぃわす、穂積さん、また暇だったのでpeepしました☆
ぼくもひとまずは教師を目指そうと思います。まだ漠然とした意思で、なんの目標の方向性もさだまってませんが。。。熊本の方へgo backして試験受けたいっす(@_@;)現場はやはりたいぎゃ忙しいですよね、また子どもと毎日関わるのにも大エネルギーがいりますね、自分の教育的考えをもち、実行に移しつつ教師をやるっつうのはかなり難題ですが、そうできたいですね。
学校の中でも教科のみに限らず、NIEとか社会のことなんかを教えれるようなヤヌス氏的教師になりたいっす!!!!! 忍忍…( ̄凸 ̄)゙
2006/10/26(木) 02:26:16 | URL | 副島 #-[ 編集]
NIEというと「新聞を教育に」って奴?どうもあれって新聞屋の宣伝臭いんだが、まともなサイトってどこかにあるのかね?何かあれば教えておくれ。
教師は大変だろうね、もちろん何でも大変なんだろうけど。ヒマならパソコンでこのページのリンクにある「奇跡は毎日起きる Miracles happen every day」ってトコ見てみな。知り合いで高校の教師やってる方のブログなんだが、教師の悲喜こもごもがよく分かるぜよ。
2006/10/27(金) 00:59:54 | URL | Hoz #-[ 編集]
てぃゎーすッッッ!!
てぃゎーすッッッ!!今宵も準不眠症!?で床についても眠れない副島です!
その知り合いの方のブログ、見てみます。できれば小学校のありませんか?高校は高校での大変さがあると思いますが。。。NIEて新聞社の宣伝目的があるんですか?まぁそぅゅぅキャンペーンとゅぅのはゎかりますけど、新聞を読む子ども、ましてや親でも読んでる人は結構いると思います。昔の生活綴方教育みたいに、子どもに社会の中の自分を意識させ、社会問題に目を向けて貰いたいですね。学校教育は学校外辺の社会と比べ特異なもんがありますからね。
2006/10/27(金) 01:44:24 | URL | 副島 #-[ 編集]
自分自身の主張としては、小中学生が新聞を読むなんてのは反対。社会を見る目が育たないままに今のイデオロギー色の強い新聞なんて危なっかしくて見せる気にはならんね。コメンテーターなどの解説を聞くことで理解したつもりになってしまうというテレビのニュースの弊害と同じように、新聞の見方を自身の見方として混同してしまう恐れが大だと思う。
もう一つは絶対に理解できないということ。新聞なんてのは新しいことしか書いてないわけで、それまでのある程度の枠組みが出来上がってないと理解できるはずがない。もちろんそこには解説があるんだが、その解説が上に書いたように主観的なものになりがち。だから、その出来事の過去とそれについての大まかな意見意識がない限り、結局新聞の解説に頼ることになって思想誘導される恐れがある。というか、されてる。

新聞の危険さはネット上にいくらでも転がってるよ。是非調べてみることやね。またいずれここでも扱うことになるでしょ。ただ、もちろん社会を理解させるという目的が重要なことは間違いない。そのために、そして新聞を活用できるようになるために必要なのは右でも左でもいいんだが、そういったイデオロギーに拠らない、事実を書いてある、あるいは両論併記してあるテキストではないかな。自分の知りうる限りでは池上彰氏の著作はその点で非常に優れてると思う。戦後のだいたいの流れを見るために「そうだったのか現代史」「そうだったのか日本現代史」なんかがかなりオススメ。経済については細野真弘かな。こういった分かりやすい入門書が今は結構出てるから、こういったものを活用してまず新聞を読めるだけの背景知識を手に入れることがまず大切だと自分は思いますな。
2006/10/31(火) 00:25:05 | URL | Hoz #-[ 編集]
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