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ファミレスとスーパー・中編
前回の続き。

多くの日本国民は、新聞やテレビからの情報を淡々と受け入れていた。そしてその結果として、ファミレスでの食事で体を蝕まれるように、間違った認識を植えつけられていた。

こういった現状を打ち破ったのがインターネットであった。それは居ながらにして世界中の数限りない情報を手に入れることを可能にした。その誕生によって、旧来メディアの弊害が明らかにされるようになったのだ。国民はさまざまな情報を容易に比較することができるようになり、しかもそれはそれぞれの個人が発信することも可能にした。これにより、新聞やテレビはこれまでの自己中心的な報道の内実を暴かれるようになった。そしてそれに不信感を覚えた人間たちは自分たちで真実を掴み取ろうという気概を持つようになった。ファミレスの弊害が明らかにされるようになり、自炊の気運が高まったと言えよう。これこそは、わたしが友人たちに会って感じたものであった。

ファミレスとスーパーのたとえで考えれば容易に理解できるように、情報収集を他人任せにするということは真実を見誤らせるおそれを持っている。その危険性が多少なれども分かっていただけたかもしれない。残念ながら、これまでの多数の国民の社会への関心を持つ手段はファミレス的であった。とはいえ、わたしがここまで述べたことは、これまでの世代にそれができなかったことを一方的に非難しようというわけではない。すべてのことをすべて、完璧に成し遂げることは不可能である。それらの人々は、日本に経済的な成功をもたらした。それこそは戦後の世代が残してくれた偉大な功績である。その反面として、いわば政治の部分での成熟というのはおざなりにされてきたに過ぎない。

その次の世代として、そこに甘んじているわけにはいかない。この意識の転換を図ること、「ファミレスからスーパーへのシフト」。単純化して言えば「経済から政治へのシフト」。これがわたしの考える、これからの日本のあるべきビジョンである。国民が自分の仕事や身の回りのことばかりではなくて、より社会のこと、世界のことについて興味関心を持ち、知ろうという意識を持つようになること。より発展させて言えば、どのようにして国民に近代的な政治意識を根付かせるか。これは明治維新から今日に至るまで、日本の知識人のひとつの大きな課題であったように思う。わたしのこれまで読んできた中でも、福沢諭吉や丸山真男は、それぞれ明治維新と敗戦後という日本の大きな節目の時期に、ほぼ同様のことを主張している。しかし現状を見るに、それが果たされたとは到底思われない。それを今度こそ成し遂げようではないかというのが、わたしの強い思いである。

また、続きます。

☆本日のコピペのコピペ☆
733 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:03/09/03 17:50
チキンラーメンを使った朝ごはんのおいしい食べ方

1、チキンラーメンを封を切らずに麺を砕く(大きさはお好みにより様々でOK)
2、ご飯を炊く
3、ご飯に生卵をかけ、醤油を少々入れてかき混ぜる。
4、食す。ウマー

734 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:03/09/03 17:54
>>733
粉々にしたチキソラーメソは、どうするんだ??

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